歴史学会第38回大会:シンポジウム趣意文

歴史学における図像史料の可能性−版画・広告・ポスター−

歴史学において、絵画、絵図、写真、映像などの図像を史料として用いる方法は、1980年代から本格的に現れた。とはいえ、視覚イメージは言葉に置き換えることが難しいため、それを論拠とすることの信憑性は、こうした方法論の登場以来しばしば問われてきた。現在でも、図像史料を積極的に利用する歴史学者は、必ずしも多くない。

だが他方で、図像史料を読解する試みは、文献史料のみを無批判に歴史的証拠とすることへの再考を促し、歴史学を美術史や文学、民俗学など、他分野のディシプリンと柔軟に結び付けた。その結果として提示されたのは、専門的な学界の枠を越えて一般読者の関心をも惹きつける、魅力豊かな歴史像である。

現在、歴史学は様々な「転回」を迎え、昨年度の歴史学会大会シンポジウム「戦後歴史学とわれわれ」のように戦後史学が回顧され、今後の方向性が模索されている。そうした状況下で、図像史料を用いる方法が歴史学にもたらす可能性は、あらためて考えられるべき問題であろう。そこで本年の歴史学会シンポジウムでは、図像史料の歴史学を開拓し、多様な成果を生み出してきた3名の専門家をお招きし、報告とコメントを頂くことで、このような問題について考察する。

まず、高津秀之氏は宗教改革期ドイツの版画を扱い、活版印刷が普及し始める最初期における版画ビラや挿絵の読み解きを試みる。真保晶子氏は18-19世紀イングランドの視覚文化においてトレードカード(業務紹介広告)とパターンブック(デザイン見本)が果たした役割を考察する。田島奈都子氏は、戦前期の日本で制作されたポスターの歴史史料としての有効性を示しつつ、同時にその扱い方の難点や問題点について追究する。また、髙綱博文氏には、中国近現代史研究の立場からコメントを頂く予定である。

時代と地域、さらには対象となる図像史料そのものも多様な研究報告とコメントにより、図像史料が歴史学にもたらす可能性について、ともに考える機会としたい。なお、本シンポジウムでは、多様な歴史上の図像を歴史学の研究材料として扱う可能性を探るという意図を明確にするために、「図像資料」ではなく、「図像史料」という表記を積極的に用いる。