会長挨拶:2012年4月

暦の上では春となっても例年になく寒い日が続いておりますが、歴史学会の会員の皆さま、お変わりなくお過ごしでしょうか。

すでに、多くの会員の皆さまがご存じのことと思いますが、前会長の吉原健一郎先生が、去る3月22日、肺がんのために亡くなられました。通夜に参列したさいに聞いた話では、3月初めには2時間の講演をされたということですから、とつぜんの訃報でした。夜、普段どおりに就寝されてそのまま息をひきとられたということでした。

吉原先生が肺がんであったことは訃報に接してはじめて知ったのですが、先生が若い頃に埃にまみれた古文書の調査にたずさわり、その結果として肺疾患をわずらったことは聞いておりました。歴史学会の大会・総会でおめにかかったさいも、他の人たちよりもゆっくりとしたペースで苦しそうに歩いておられたのが印象に残っています。埃まみれの古文書調査で肺をわずらったという話には、自国史と外国史との位相の違いを感じざるをえませんでした。

吉原先生は、西洋史専攻の私からみれば、すでに多くの著書・論文を書かれていて、学問的にやるべきことはやってしまわれたのではないかと思っていたのですが、これまでの仕事の集大成として「江戸の庶民文化論」を完成させる仕事が残されたようです。成城大学を定年退職してまだ3年しか経っていないのですから、先生御自身もこのライフワークを完成させる時間的余裕があるはずだと思っていたのではないでしょうか。73歳でのご逝去は、まことに残念としかいいようがありません。幸いにも、先生は、成城大学、さらにはその民俗学研究所を中心とする研究・教育活動を通じて多くのお弟子さんを育てられました。それらのお弟子さんが師の意志をつぎ、師のやり残した仕事を完成させてくれることを願って止みません。

2012年4月 歴史学会会長 松浦義弘