歴史学会第39回大会:シンポジウム趣意文

軍隊と社会・民衆

歴史学会では、一昨年度の大会シンポジウムを「戦後歴史学とわれわれ」と題して、戦後歴史学の回顧とこれからの歴史学についての展望を議論して以来、近年における歴史学の新しい方法論の可能性について取りあげることを指向してきた。昨年度は「歴史学における図像史料の可能性」と題して、図像史料を解読することの試みが歴史学にもたらした豊かな成果について議論した次第である。

今年度のシンポジウムでは「軍隊の社会史」をとりあげる。欧米において興隆したいわゆる「新しい軍事史」研究は、本来、戦争とのかかわりの中でのみ捉えられてきた、戦史としての軍事史ではなく、むしろ平時において、国家や社会とのかかわりの中に軍隊を位置づけようとしてきた。そのような新しい軍事史は、ながらく「軍事的なるもの」をタブー視してきた日本の歴史学界でも、1990 年代以降に急速に取り入れられ、いまや定着した感がある。しかし、新しい軍事史にもとづく本格的な論集が次々に刊行されたのはごく最近のことであり、多様な方法論や他分野との接合の可能性については、いまだ議論の途上にある。

そこで本年の歴史学会シンポジウムでは、日本、中国、ヨーロッパ、イスラム圏の各分野から軍隊の歴史にかかわる専門家をお招きして、軍隊と社会、民衆と軍隊、社会としての軍隊といった角度から「軍隊の社会史」の射程と課題について考える機会を設けることとした。

まず辻本諭氏は、常備軍が初めて組織された 17 世紀の後半から 18 世紀のイギリス陸軍において、実際に兵士となったのはどのような人々であったのか、特に近世イギリスの複合国家としての性格に留意しながら検討する。中野良氏は、日露戦争後の日本陸軍の各師団が毎年行う演習において、軍隊に対する過剰な接待を行おうとする地域社会と、それを厳格に禁止しようとする軍上層部の思惑のズレについて考察する。菊池一隆氏は、第二次大戦中の日本軍が植民地台湾においてリクルートした高砂義勇隊について、特にタイヤル族に焦点をあてて考える。最後に、中町信孝氏は、常備軍成立以前の前近代のイスラム世界をとりあげ、マムルークと呼ばれる軍人集団が国家を構成すると考えられてきたマムルーク朝において、亡命してきた軍事集団の位置づけについて分析する。

それぞれの地域・時代における軍隊の社会史、あるいは軍隊と社会や民衆との関係についての緻密な実証的成果をもとに、それらが歴史学全体にもたらす新しい知見についてともに考える機会としたい。